処刑場の記憶を残す千葉県船橋市にある『西向地蔵』を徹底解説!!
千葉県船橋市にある『西向地蔵』にやってきました! ちなみに本日は千葉では珍しい雪が降った日です。 この場所は現在では昔の面影も無く、訪れただけでは知る由もありませんが、旧船橋宿の入り口でした。 その為、御堂内に安置される御地蔵様は全て外界である西方を向いており疫病や災難が宿場内に入らないようにとの願いが込められております。 果たしてどの様な場所か観てみたいと思います。
▼西向地蔵
西向地蔵は、江戸幕府四代将軍・徳川家綱の時代である万治元年(1658年)に村人達が御地蔵様を建てた事から始まります。 そして約20年後の延宝八年(1680年)に僧・円西により阿弥陀如来像が建立され、元禄九年(1696年)にも僧・称誉によって聖観音像が建立されます。 以来、地元人々によって今日まで大切に守られてきました。
外界との接地点であるこの場所には、よからぬ者どもへの見せしめの為に仕置場(処刑場)が置かれていました。 いったいこの場所で何人の人間が処刑されたかは分かりませんが、数百年間この付近全体の処刑を担ったと考えると数十から数百人が処刑されたものと思われます。 この付近に昔から住む住人達は、それを口伝で親から子へと教えて、わざわざ船橋の事を勉強していなくても知っている人が多いです。 それは、当時の拷問、処刑は過酷で人々の脳裏に恐怖を刻まれた証だと思われます。
▼さいごに
古い漁師町である船橋ですが、今では開発が進みそれらの名残等も殆ど残っておりません。 僅かに残る先人の足跡を観に訪れては如何でしょうか。 御精読有難うございました。
▼アクセス
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